ーエモいプロフィールー

10月 11, 2019

当ブログに足を運んでいただき、ありがとうございます。

 

この記事ではまず、僕の自己紹介とこのブログのコンセプトについてお話しします。

本題に入る前に、ブログの全体像だけ。

 

このブログでは、

「人生は、自分の手で切り開く」

ことをテーマに

「コントラクトMRが経済的自立を目指す物語」

をお届けします。

 

僕は昨年、

「会社に依存しない生活、いわゆる経済的な自立を目指したい」

という思いから、新卒からお世話になった会社を辞め、転職を決意ました。

僕が言う経済的自立とは、会社に依存しなくても生活ができることを指します。

経済的自立を目指す人生戦略は別記事にて詳しく書いてますので、気になる方は、こちらの記事をご覧ください。

経済的自立を目指す私の人生戦略について

本記事では、転職を決断した際に構想を練った経済的自立を目指す人生戦略についてお伝えしていきます。 まだ、僕自身のプロフィールをご覧になられてない方は、先に下記記事をご覧ください。   Con ...

続きを見る

 

経済的自立という道は、決して楽な道ではないと思いますが、

僕のこれからの苦しみや悲しみ、そして失敗も成功も全部見ていてください。

読者のあなたと一緒に成長できれば嬉しいです。

 

そして、物語を語る中で、

あなたにとって有益な情報をお届けし、

あなたの人生が少しでも豊かになることがこのブログの目的です。

 

本記事では主に、自分自身が転職を決意したきっかけとなるエピソードを綴っています。

全て読み終わるのに5分程度かかりますが、最後まで読んでいただけると嬉しいです。

僕は昔、「お利口さん症候群」で周りの顔色ばかり伺う人間でした。

 

お利口さん症候群だった私

鹿児島県のど田舎(市でも町でもなく、郡です)で、

2人兄弟の次男として生まれ育ちました。

ちなみに僕の住んでいた田舎具合はこちらです↓

・最寄りのコンビニまで歩いて30分

・夏になると毎晩カエルの大合唱。

・猿の出没も日常茶飯事。

・猪を狩る鉄砲の音が鳴る

そんなど田舎の場所で生まれ育ちました。

地元のど田舎具合をポケモンGOで例えた画像

もちろん、ポケモンGO開いても、ポケモンは一匹もいません。

僕は小さい頃から何をするにも、兄貴の背中を追いかけ、兄貴が好きなゲームや漫画は自分も好き。

自分が何をすればいいかわからない時は兄貴を指標にする。

そんな生活をしていました。

 

両親からはいい子いい子で育てられ、僕自身も「いい子」であり続けることが正解なんだと思ってました。

 

親の言うことはちゃんと聞く子。

担任の先生の言うことはちゃんと聞く子。

テストではいい点を取り、生活態度もよく、お利口さんを演じていたんです。

お利口さんでいれば、テストでいい点数を取れば、親に褒められる。

周りの人からすごいねって言われる。

両親に褒められたい、悪い噂を立てて親に迷惑をかけちゃいけない!

とばかり思ってました。

親戚からは「お利口さん」と呼ばれており、

小学~高校では「よくできた子」という扱いでした。

学校をサボろうもんなら、マサくんに何が起きた!?と大騒ぎになるくらい。

小学校高学年の頃、いい顔するのに疲れたからサボってみたら騒がれて、担任の先生から電話が来た。

「ああ、俺はお利口さんキャラ」であることが正解なんだと植えつけられました。

だから、昔から自分の気持ちに蓋をすることに慣れていました。

自分の感情を出さずに、波風立たせないように振舞い、周りの理想のキャラ(お利口さん)であり続けることが、僕の使命であると思ってもいました。

「マサ君って、何がしたいの?笑」

「自分がないよね。笑」

「マサ君と話してても、面白くない。笑」

小学校の頃、とにかく波風を立たせてはいけないと、空気読みプレイが得意だった僕は、周りの友達からそんなことを言われていました。

 

やりたいこととかも特になくて、進路だって

両親の行ってほしいような高校を選び、

両親の行ってほしいような大学を選び、

両親の行ってほしいような業界に入りました。

(製薬業界は給料いいって聞いていたので)

 

このように、僕は常にお利口さんで、「無難」という言葉が世界一似合う人間だったと思います。

そして、小学〜高校まで、僕の空気読みプレイは続きます。

だから、正直にいうと、気の合う友達はいても、一緒に遊ぶ友達はいても、本当に自分の心の底から悩みを相談できる友達はいなかったように思います。

 

会社を辞めたい。でも、両親に反対されて言い返せない

社会人になっても、自己主張はあまりせず、空気読みプレイが続くばかり。

振られた仕事には2つ返事で「やります」と言い、本当に会社にとって都合の良い人間でした。

社会人になって、自分の意志を少しずつ持てるようになりましたが、小学〜高校で培った「お利口さん症候群」が抜けていなかったからです。

もちろん、気になるのは「周りの顔色」その一点のみでした。

大人になっても、本質的なところはこれっぽっちも変わりません。

 

仕事は自分なりに頑張っていたんですけど、たまに訪れる

「あれ?俺って社会人になってまで何でこんなペコペコしてんだ?そしてこれはいつまで続くんだ?」

という気持ち。

 

上司の顔色を伺い、

先輩の顔色を伺い、

会社に自分がどう見られているかを気にして過ごす日々でした。

 

仕事自体に対する不満は特にありませんでしたが、周りの顔色を伺い続けるのも、年数が上がるにつれて疲れてくるようになりました。

 

社会人4年目くらいの頃に

 

「転勤の発令でも出て、環境変わらないかなあ。」

 

いつしか、心のどこかで環境がガラッと変わり、0から再スタートできたらどれだけ楽なことだろう。

と、幻想を抱くようになったのも覚えています。

 

そこで、悶々としていた気持ちを両親に電話でぶつけてみます。

「俺、仕事このままでいいのかなあ。ちょっと色々と疲れちゃった。会社辞めてもいい?(笑)」

と両親に言うと、

 

「そんないい会社、辞めたらだめ!!!」

と強く言われます。

 

 

 

 

「まさか、本気で言うわけないじゃん。冗談だよ、安心して(笑)」

 

とすぐさま訂正をしました。

 

「お利口さん」が根付いており、先行してしまうのは「両親の顔色」であり、悲しませたくないという気持ちだからです。

 

こうやって周りにいい顔だけをする変わらない毎日を過ごす日々。

何か環境を変えるきっかけがあればまた違った日常があったかもしれませんが、

近年の業界の流れもあってか、転勤の気配もしばらくありませんでした。

 

そんな時に、自分の人生について深く考えるきっかけが訪れます。

輝く兄。嫉妬する私。

このきっかけは、兄貴がくれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の兄貴が作ったアプリが、なんとgoogle社から評価され、表彰されたのです。

 

社会人になった兄貴は、昔から好きだったゲームの開発側に周り、アプリやゲームの開発に勤しんでいました。

開発に失敗しても立ち上がり、日々の試行錯誤を重ねた結果、ゲームの開発が花開いた瞬間。

 

長年の目標が叶った兄貴を見ていて、涙が出ました。

 

 

悔しさと、嫉妬の涙でした。

 

実の兄でありながら、感動の涙よりも嫉妬の気持ちが勝ちました。

兄貴が自分の好きなことに追求し続けるという僕とは対照的な人生を送っていたからです。

 

両親や周りからの反対がありながらも、兄貴は、昔から好きだったゲームの仕事に携わりたいという信念を貫き、実現させました。

 

 

身近な人の輝きを見て、初めて自分の人生について考える時間が増えました。

 

そして、時が経つにつれて焦る気持ちが増していきます。

 

 

 

本当にいいのか?

自分の人生これでいいのか?

このまま周りの顔色を伺うだけで人生が終わるぞ・・・。

 

今まで自分に蓋をしていた感情が溢れ出そうになりました。

僕はもっと、自分で人生の意思決定をし、兄貴のように夢中になる何かに挑戦したい。

そう思い立った僕は、紙に自分の素直な気持ちをぶつけることにしました。

 

自分の気持ちや考えを可視化する

「自分は、どんな生き方をしたいのか」

そう自問自答しながら、自分の気持ちに素直になって紙に書き殴りました。

これが、僕自身が転職を考えていた時に、実際に紙に書き殴ったことです。

(字が汚くて申し訳ないです。書き殴ったので、荒くなってます)

 

目の前の給料をもらうためだけに、周りにいい顔をし続ける日々を送っていいのだろうか?

自分の人生を周りの顔色を伺うことだけに使っていいのだろうか?

 

得意先では頭を下げ、社内では自分の評価を気にして、誰に対しても嫌われないように笑顔を振りまき、同じルーティーンを繰り返す日々。

 

僕は、そんな日々ではなく、自分のやりたいこと、挑戦したい何かに夢中になれるような毎日を求めていました。

欲しかったのは、人生の充実感。

ただ、それだけです。

 

自分の気持ちに正直になることで、自分の気持ちに整理がつき、1つの決意が生まれました。

 

 

 

 

 

もう、周りの顔色を伺いながら生きていくのはやめよう。

 

僕の中の何かが弾け飛んだ瞬間。

 

 

僕はもう、誰に何を言われようが、どういう目線で見られようが、自分がやりたいと思うことをやっていく。

 

 

今まで、他人の顔色を伺い、会社の都合のいい人間となり、自分の人生を生きてるとは言えませんでした。

今までお利口さんとして生きてきて、周りが右を向けば右を向き、左を向けば左を向く。

 

自分の意見は特になし。

社会人になって、少しは自立できたかと思えば、

会社が右を向けと言ったら右を向き、左を向けと言ったら左を向く。

またまた自分の意見は特になし。

 

そんな弱い自分を変えたい、現状を打破したい一心でした。

 

 

いい会社に入るために、いい大学に行くために勉強する。

これができたら人生は順風満帆にいく。

という世間の常識を忠実に実行してきた。

 

でも、それは世間の常識であって、僕の常識ではないんです。

 

好きなように生きてみたいし、学歴なんかもういらない。

いい会社に所属しているという肩書きなんてもっといらない。

 

もう誰に何を言われたって思われたってどうでもいい。

 

もう周りの目なんて気にしない。

 

 

そこで、今の会社を辞め、経済的自立を目指すことを決意。

自分の手で人生を切り開くためには、会社に自分の人生を預けてはいけないと思ったからです。

 

「最短で駆け上がるなら東京の方がいいんじゃね?」

と思い立ち、会社を辞めて、わざわざ東京のMRの派遣会社に入ることに決めました。

 

派遣MRとしての情報発信もできるし、副業もできる。

 

結果、セーフティネットを張るために入った会社の仕事が、情報発信をする上で役に立ちそうです。

 

このように僕は、敷かれたレールの上をロボットのように歩くのではなく、敷かれたレールを脱線し、自分の手で人生を切り開いていくことを決めました。

 

お利口さん症候群を卒業した日

そして両親よ、すまん。

 

そう思いながら退職手続きを済ませ、新しい会社の内定をもらった後に両親に事後報告。

 

「ごめん、俺会社辞めた。お父さんもお母さんも大企業で製薬会社だし安心してたと思うけど、もう決めた。無職にはならないから安心して。」

 

と告げました。

 

悲しそうな顔をした両親に

「もったいない・・」

と言われました。

 

そんな両親を見て、少し心が傷んだ。

 

「自分はなんて親不孝なんだろう」

「今まで学費も全部出してもらって、ここまで親に面倒見てもらったのに裏切ったんじゃないかな」

という気持ちになったからです。

 

ずっと親にとっての、周りの人たちの期待に答える「理想の中」で生きてきました。

うまく言えないですけど、生かされてるけど生きてなかったんです。

自分の足で立ってない。 

 

自分の人生は自分で選択できるはずなのに、いつの間にか選ばされてる。

そして、それをさも幸せかのように演じている。

でも、これからの人生は全部僕が、僕の手で決めていき、一生涯自分が納得のいく人生を送る。

 

そう、決意しました。

僕が僕として生きる人生は、会社を辞めて、親に事後報告したときから始まりました。

お利口さん症候群を卒業し、悲しむ両親に対して初めて背を向けた瞬間。

 

こうやって僕は、敷かれたレールの上をお利口さんを演じて歩くのではなく、

敷かれたレールを脱線し、自分の手で人生を切り開いていくことを決めました。

 

当ブログのコンセプト

冒頭でもお話ししたように、このブログは

「コントラクトMRが経済的自立を目指していく物語」です。

 

このブログをどんな人に届けたいかというと

「全てのMR」の方に届けたいと思っています。

現状に満足していない人はもちろん、現状に満足している人にもです。

 

それぞれの立場があると思いますが、

もし今の現状に満足していない、

これからの生き方に悩む人がいらっしゃれば、

このブログを通して、何かのお役に立てるかもしれません。

 

僕はまだ、1コントラクトMRでしかありません。

そんな26歳の若造が偉そうに何言ってんだ?

と思うかもしれません。

 

しかし、わざわざ大企業を辞めて転職した僕だからこそ、

伝えられることはあると思ってます。

 

この決断をした結果、今までの価値観がガラッと変わり、

視野が広がり、世の中の仕組みも少しずつ見えてくるようになりました。

 

僕には月に行くとか、大金持ちになって、タワーマンションに住む、そんな壮大な夢はありません。

「自分が後悔しない人生」を送ることができれば、それで満足です。

後悔しない、自分の納得いく人生を送るためには、周りの顔色を伺い続けることをやめ、自分の足で立つことが必要です。

だから僕はまず、会社に依存しない人生を目指すことに決め、その全てを発信することに決めました。

 

こんな決意ができるのも、

あなたが元々強い人間だからでしょ?

バイタリティーがあるからでしょ?

と感じるかもしれませんが、至って普通の凡人です。

 

でも、こんな凡人だからこそ、見てほしいんです。

 

僕が経済的自立を達成できたとき、

それなら俺も私もなにかやりたいことができるかな

って思ってもらえたらそれで満足です。

 

成功者になりたい、

大金持ちになりたい、

有名になりたい、

という感情も0。

 

ただ、本当に自分の人生を納得のいく人生で終わりたいんです。

僕にとっての幸せの価値を追求しているだけです。

 

 

だからこそ、主体性を持って自分の手で人生を切り開いていきたいと思うんです。

 

毎年毎年、同じ景色を見続けちゃダメだなって思ったんです。

 

薄っぺらい生活で20代を終えるのが嫌なんですよね。

 

きっと今の生活を続けていても、自分が30歳を迎えたとき、

「あれ?20代の頃、俺何してたんだろう?周りにへこへこしてただけじゃん。」

って絶対に後悔すると思いました。

 

そして、経済的自立が達成できたその先の姿として、

「好きな仕事を、好きな人と、好きな場所で、好きな時間だけできて、好きな家族との時間を過ごす」

これは実現したいと思っています。

 

これが僕の幸せの価値であり、これが本当の「自分の人生を生きる」ということに繋がると考えます。

そのためなら死ぬ気で頑張れます。

 

そして、何度も言いますが、自分の人生を生きるためにはまず、会社への依存を辞めなければいけません。

 

最後に

ちょっと熱くなりましたかね。

僕は自分の物語を通して皆さんに「感動」を、

そして、レールチェンジを通して得た「経験」という付加価値を提供できればいいなと思っています。

 

僕自身が新しい挑戦をし続け、周りの人に感動を与えていくことが僕の信念でもあるからです。

 

現在の仕事に満足していない、毎日が楽しくないと思っている方、どうか僕のブログを見てください。

 

何もない凡人でも、

ほんの少しの勇気と、

ほんの少しの行動と、

たった一つのアイディアで

人生は変えられるという未来をお見せできるよう、徹底的に生き抜いてみようと思います。

 

「人生は、自分の手で切り開く」と決めたのでね。

 

現在、1つの事業を考えており、経済的自立を目指す戦略を考えておりますが、全てこのブログを起点にしていきます。

今まで、周りの顔色を伺い続け、お利口さん症候群であった僕自身が、

当ブログを通じて、自分の手で人生を切り開いていく姿を、身をもって証明いたします。

 

大きい口を叩いて有言実行しなかったら意味がないので、

不十分なところばかりだけど、走りながら、試行錯誤しながら考えます。

 

 

そして・・・

 

 

 

どどん!(↑新居です。)

せまっ!!!!!(笑) (1K)

愛知に住んでた時は1LDKだったのに、1Kに格下げ。(笑)

無職にはならないけど生活水準は大きく下がる。

 

収入も下がるし、家賃も全部手出しだしね。

でも、もうそんなの関係ない。

自分の道は自分が決める。

 

 

ここから這い上がるぞ~。 クックック。

 

 

意気込だけは、1人前です。笑

 

ということで、本日の内容に共感いただけた方、

もしくは

「もっと頑張れよお前!!!」

と、僕の尻を叩きたくなった方、ぜひともこのブログを読んでほしいです!

 

今後のブログの更新は、twitterにも告知する予定です。

@nishimohuri←twitterアカウント

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